大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(う)1743号 判決

被告人 下條圀男

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数のうち六五日を原審の言い渡した本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人及び弁護人山口治夫作成名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中川秀作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

被告人本人の控訴趣意二、及び弁護人の控訴趣意第二点(いずれも事実誤認の主張)について

所論はいずれも、要するに、原判決は、被告人が、常習として、荒井賢二と共謀のうえ、原判示(一)及び(二)の各窃盗を犯した旨認定処断しているけれども、被告人としては、原判示の各窃盗には全く関与しておらず、荒井とこれを共謀したこともないので、原判決は事実を誤認したものである、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示の各事実は、共謀の点をも含め優にこれを認めることができ、原判決にはなんら事実の誤認は存しない。所論は、捜査段階における被告人の各自供調書の内容は、いずれも被告人が取調官に迎合して供述したものであるから、信用性に欠けるというけれども、被告人は、捜査段階において、当初全面的に犯行を否認していたのに、原判示(一)の事実については、昭和五五年六月二五日付上申書により、また、原判示(二)の事実については、翌二六日付上申書によつて、それぞれ、本当のことを正直に話すから調べてほしい旨申し出たうえ、自供するに至つたものであることが記録上明らかであるところ、各自供調書とも、その内容が荒井賢二の捜査官に対する各供述調書の内容と合致していることに照らし、いずれも原判決の認定に添う範囲において、その信用性に欠けるところはないと認められる。また、所論は、被告人が、原審公判廷において公訴事実を争わず、なんら弁解しなかつたのは、国選弁護人との打合せが十分にできなかつたうえ、当時母親が死亡して気持ちが動揺していたためであるという。しかし、被告人は、原審第一回公判期日において公訴事実をすべて認めたうえ、その母親の死亡後に開かれた第二回公判期日においても、質問に答えて詳細に供述しているものであるところ、本件犯行の動機について、母親に何かうまい物でも食べさせてやりたいと思つたので金がほしかつたなどと述べると同時に、犯行後荒井方を訪れたのは、分け前を貰いに行つたのではなく、その際に同人から受け取つた二万円は借りたものである旨弁解していることなどに照らせば、所論の理由がないことは明らかである。所論は、原判示の各窃盗はいずれも荒井賢二の単独犯行であつて、被告人としては、同人の運転する乗用車に同乗して、原判示の各日時ころ、原判示の各被害者方付近に赴き、荒井が車を離れた際、車の近くに立つているか、あるいは車内で待つていたことはあるけれども、犯行自体に関与していたことはもとより、これを共謀した事実もない旨主張する。しかし、前記関係各証拠によれば、被告人は、前刑の服役中、仮出獄により出所して、名古屋市内の保護会で世話になつていたが、間もなく上京し、刑務所内で知り合つた原判示の荒井賢二を訪ねて歓待を受け、一旦名古屋に帰つたのち、再び上京して同人方に二、三日泊めてもらい、世話になつているうち、荒井の言動や部屋の様子から、同人が盗みをして稼いでいることを察知するや、自分も遊ぶ金がほしくなり、同人に対し「仕事をするんなら、一緒に連れて行つてくれないか。」などと云つて頼んでみたところ、荒井もこれを承諾し、同人が昼間の忍込み、被告人が夜間の盗みをそれぞれ担当することとして、被告人自ら懐中電灯やドライバーなどの道具を準備したうえ、荒井の運転する乗用車に同乗して原判示の各被害者方付近に赴き、本件各犯行に及んだものであること、原判示(一)の犯行の際、荒井が被害者方に入つて原判示の現金を盗み、被告人が被害者方の前に立つていたところ、家人が外出先から帰宅したため、二人とも慌てて現場から逃れて車に乗つたが、車中、被告人が、荒井の窃取した現金を受け取り、これを数えて車のダツシユボードに入れ、あるいはまた、自ら提案して、一旦荒井の居室に戻り、同人が服装を変えたうえ、さらに原判示(二)の犯行現場へ赴いたものであること、原判示(二)の犯行の際には、被告人自身、荒井の盗み出した物品の一部を同人から受け取つて車まで運んだものであることなどの事実を認めることができ、これらの事実に徴すれば、原判決の認定判示するとおり、被告人が、荒井と共謀のうえ、原判示の各窃盗を犯したものであることは明らかである。原判決に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

被告人本人の控訴趣意一、及び弁護人の控訴趣意第一点(法令適用の誤り、あるいは法律解釈の誤りの主張)について

所論は、いずれも、要するに、原判決は、被告人が、(イ)昭和四六年一〇月一二日大津地方裁判所長浜支部において窃盗罪により懲役三年に、(ロ)昭和五〇年六月二六日大阪地方裁判所において同罪により懲役三年に、(ハ)昭和五〇年一〇月二三日京都簡易裁判所において同罪により懲役二年に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであり、さらに、常習として、荒井賢二と共謀による原判示(一)及び(二)の各窃盗を犯した旨認定判示したうえ、被告人の右所為を盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下、「盗犯防止法」という。)三条、二条所定の常習累犯窃盗の罪に該当するものとして処断しているけれども、前記(ハ)の前科にかかる窃盗の各事実は、いずれも前記(ロ)の前科にかかる罪の余罪であつて、これらは同時審判が可能であつたにもかかわらず、たまたま前記(ロ)の大阪地方裁判所における審判が先に行われたため、二個の裁判がなされて、それぞれ確定したものであり、したがつて、前記(ロ)及び(ハ)の各刑は、刑法五一条により併せて執行されたものであつて、受刑の回数としては一回であるから、被告人に関しては、盗犯防止法三条所定の「その行為前一〇年内の窃盗罪等につき三回以上六月の懲役以上の刑の執行を受けたもの」という要件を充足するものではなく、原判示の所為は常習累犯窃盗の罪を構成しないので、この点において、原判決は、法令適用の誤り、あるいは法律解釈の誤りを犯したものである。というのである。

そこで、記録を調査してみると、前記(ハ)の前科にかかる窃盗の各事実が、前記(ロ)の前科にかかる罪の余罪であつて、これらが刑法四五条所定の併合罪であり、その各刑が同法五一条により併せて執行されたものであることは、所論指摘のとおりである。しかし、併合罪について二個以上の裁判を受けた者が、刑法五一条により、その各刑を併せて執行されたとしても、その者の受刑回数は、執行の対象となつた刑の個数によるべきものであつて、これが一回の受刑とみなされるものでないことは明らかであるところ、盗犯防止法三条にいう所論の前記要件は、すでに同条所定の窃盗罪等を常習として犯したものと認められる犯罪者に関し、形式的に具備されれば足りるものと解するのが相当であつて、これを、当該常習犯罪者に従前の裁判や刑の執行による感銘力の及ばなかつたことなど、その実質的側面までも考慮して定められたものと解すべきでないことは、同条所定の三回以上の懲役刑相互間に刑法五六条の累犯関係が存在することを必要としない旨判示した判例(最高裁昭和四四年七月八日第三小法廷決定、刑集二三巻八号一〇四五頁参照)の趣旨に照らして明らかである。したがつて、被告人に関しては、盗犯防止法三条に定める所論指摘の要件が充足されているものであることは疑問の余地がないのみならず、記録を調査して検討すると、被告人には窃盗の常習性があり、原判示の各窃盗がその常習性の発現であることは、これを認めるに十分であるから、被告人の本件所為を常習累犯窃盗の罪に該当するものとして処断した原判決には、所論のような法令適用の誤り、あるいは法律解釈の誤りはなく、論旨は理由がない(なお、被告人に関する前科照会((回答))書によれば、被告人には、前記の各前科のほか、昭和四五年五月一四日京都簡易裁判所において窃盗罪等により懲役一年三月に処せられ、当時その刑の執行を受けた前科のあることが明らかであるから、本来、右の前科も所論指摘の前記要件を充足する事実として加えられるべきものであることはいうまでもない。)。

被告人本人の控訴趣意三、及び弁護人の控訴趣旨第三点(いずれも量刑不当の主張)について

所論は、いずれも、かりに被告人が有罪であるとしても、犯情に照らして、原判決の量刑は重きに失して不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、原判示の各前科による刑の執行を受けたのち、さらに、常習として、荒井賢二と共謀のうえ、前後二回にわたり、原判示の各日時・場所において、原判示の現金合計約七万五、〇〇〇円及び指輪七個ほか二点(時価合計二三万二、九〇〇円相当)を窃取した、というものである。関係証拠によれば、被告人は、成人に達する以前から刑務所生活を繰り返しているものであつて、強盗致傷罪あるいは窃盗罪等により、すでに八回にわたつて刑の執行を受け、前記のとおり、最終刑の服役中、昭和五五年二月一四日、仮出獄により出所するや、刑務所内で知り合つた原判示の荒井賢二を早速訪ね、同人と共謀のうえ、出所後一月を経ずして本件犯行に及んだものであることが認められ、被告人の犯罪的傾向は、窃盗が習癖化するなど、まことに顕著であることにかんがみれば、その刑事責任は重いものといわなければならない。

してみると、本件各犯行は、前記のとおり、共犯者である荒井賢二がその実行行為を担当したものであること、被告人が反省悔悟していることなどの事情を十分に斟酌してみても、酌量減軽のうえ、法定刑の最低をさらに下廻る懲役二年八月の刑を言い渡した原判決の量刑(求刑懲役三年)が重きに失して不当であるとは認められない。この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中六五日を刑法二一条により原審の言い渡した本刑に算入し、当審における訴訟費用に、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 三好清一 石田恒良)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例